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2017年07月19日 (水)

特集|🇫🇷 パリを訪ねて 2017

トラベル

#03-2コルビュジエ住宅探訪

特集|🇫🇷 パリを訪ねて 2017
まだ、気候のよかった5月の終わりにパリを訪ねました。とは言っても、おもに滞在したのはパリのとなり町「ブローニュ=ビヤンクール」。実は、この町・・・世界的な建築家ル・コルビュジエが晩年、暮らしていた町なのだそう。初期の作品が今でも残っていると知り、その軌跡をたどってきました。

#03|コルビュジエ住宅探訪

それでは、コルビュジエ作品をともに見ていきましょう。

1.ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸 (Maisons La Roche et Jeanneret, 1923~1925) / 竣工時:コルビュジエ37歳

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸は、1923年から1925年にかけて建てられた2世帯住宅。パリ16区の閑静な住宅街にあり、袋小路の先に建っていました。(パリ16区は、ブローニュ=ビヤンクールとも隣りあっているので歩いても30分ほど。)

依頼主は、銀行家で美術コレクターであったラウル・ラ・ロッシュと、コルビュジエの実兄にあたるヴァイオリニストのアルベール・ジャンヌレ 。

一つの建物に見えますが、玄関はそれぞれにあり、内部も完全に分かれています。屋上庭園では行き来できたようですが、実際に行き来することはなかったみたい。

『屋上庭園』・・・今では当たり前の考え方も、当時、屋根を平面的に利用しようとは誰も考えなかったのだそう。コルビュジエが走り。

見学できるのはラ・ロッシュ邸のみです。ジャンヌレ邸は現在、ル・コルビュジエ財団のオフィスとして使われています。

銀行家のラ・ロッシュは、芸術誌『レスプリ・ヌーヴォー』の支援者でもあり、コルビュジエとは友人関係にあったそうです。そのおかげか、コルビュジエはこの邸宅を自由に設計することが出来たのだとか。

コルビュジエは『近代建築の5原則』を1920年代から30年代にかけて発展させていきますが、ここでは先がけてそれらの一部を見て取ることができます。

『ピロティ』・・・ピロティとは、建物の1階部分に壁をつくらず、柱だけで支えた外部空間のこと。

『水平連続窓』・・・1階をピロティにすることで、建物を柱で支え、上階の壁を取り払うことを可能に。水平窓から連続した自然光を取り入れられるようになりました。

また、玄関ホールは、3層吹き抜けの大きな空間になっていて『なんだか、住宅じゃないみたい・・・』と思って見ていたら、そもそも美術品を飾ることを想定して、設計されたみたいね。ラ・ロッシュもプライベートギャラリーとして、週に2度ほど自宅を開放していたようです。なるほど。

玄関を開けると、すぐに広いホールに出る。

3層吹き抜けの大きな空間。とても明るい。

2階 通路に設けられた大きな窓。グリーンに反射した自然光が入ってくるので、気持ちがいい。

内部はホールや階段、通路、スロープなど居室以外の空間がつづくのですが、不思議と退屈な感じはしないんですよね。これは、コルビュジエ自身が「建築的プロムナード」と呼んだコンセプトで空間を構成しているから、らしいです。

※プロムナードは、フランス語で「散歩」あるいは「散歩道」という意味。

確かに、よくよく見ていると「外の景色を大きく切り取った窓」や「突き当たりに付けられた開口」「緩やかにカーブした壁面やスロープ」「ガラスのドア」など、建物のなかを歩きながらも、いろいろなところへ視線を向けられるよう、工夫が散りばめられていました。

ところどころに開口部があり、奥行感も感じられる。

美術品を公開していたギャラリースペース。水平窓から自然光が注ぐ。

晩年のコルビュジエは、自分にとって重要だった邸宅としてこの建物を挙げていたそうです。5原則の集大成は「サヴォア邸」だったのでしょうけど、原点はここだったのかもしれませんね。

 

2.テルニジアン邸(Villa  Ternisien, 1924~1926) / 竣工時:コルビュジエ 39歳

ブローニュ=ビヤンクールに建つテルニジアン邸は、ほぼ直角三角形の敷地に建つ住宅。ローランギャロスから歩いて5分ほどのところにあります。

コルビュジエが『とりわけ難しい形状の敷地を生かしきるために、精神のすべてを費やした』と語ったその建物は、約30゚の鋭角な敷地をそのままなぞった形をしています。

ただ、現在の姿は当時と既に異なっていて、三角形の建物の上に「4層の建物」が建て増しされています。※上部4層はコルビュジエの設計ではありません。

ちなみに、当時のかたちはこんな感じ。

アクソメ図(立体投影図)

1階平面図

依頼者のテルニジアン夫妻はご主人が「音楽家」、奥さまが「画家」という芸術家夫婦でした。ゆえにその建物は、アトリエ兼住居として建てられたようです。

また、ここでも三角形をした建物の上には「屋上庭園」がみられますね。

ちなみに三角形の部分はご主人の音楽部屋として、矩形部分は奥様のアトリエとして、使われていたみたい。仲間を招いて演奏会をしたり、作品づくりに没頭したり、広い空間を贅沢に使っていたのでしょうね。

鋭角な敷地の角の正面から。

また、テルニジアン邸の脇にある私道を進むと、もう一つのコルビュジエ作品「リプシッツ=ミスチャニノフ邸」が見られるのですが、門扉があって、この先に入っていくことができませんでした。残念。

 

3.クック邸 (Villa Cook, 1926~1928) / 竣工時:コルビュジエ 40歳

クック邸はアメリカ人ジャーナリスト、ウィリアム・クック夫妻の依頼でブローニュ=ビヤンクールに建てられた邸宅です。テルニジアン邸の、目と鼻の先にあります。そこから徒歩1分くらい。

2本の樹に挟まれて見えるのがクック邸。

両側を建物に挟まれ、通りから見えるのはその正面のみ。また植え込みもある為、ピロティになっている1階もよく見えませんでした。

でも、前の道を通るだけでもその雰囲気は感じられます。『モダンな住宅があるなあ・・・』と思っていたら、それがクック邸でした。とても90年も昔に建てられたものとは思えませんね。

ちなみにクック邸は、コルビュジエが「近代建築の5原則」を発表した年に建てられており、それらを体現した最初の作品となりました。

「水平連続窓」と「屋上庭園」らしきスペースは外からでも見てとれる。

前の道には、コルビュジエの設計であることを示す看板が。

コルビュジエが「真のキュービックハウス」と名付けたその建物のかたちは、一辺が約10Mの立方体となっています。なので、1フロアは10×10=約100m2。その平面構成を見ていると

1階がピロティ、

2階はバスルームと寝室・女中部屋・ブドワール、 ※ブドワールとはフランス語で「婦人の私室」という意味。身近な召使いしか入室を許されなかったとか。

3階は、2層吹き抜けのリビングとキッチン+ダイニングのスペース、

そして 4階が、屋上庭園と書斎。

お客さんをもてなすことを想定して、屋上庭園からはブローニュの森が眺められるよう設計されたのだとか。きっと友人や知人たちを呼んで、素敵な時間を過ごしたのでしょうね。

 

4.ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート(Immeuble locatif à la Porte Molitor, 1931~1934) / 竣工時:コルビュジエ 46歳

ナンジェセール・エ・コリ通りのアパートは、1931年から1934年にかけてブローニュ=ビヤンクールに建てられた集合住宅です。1972年には歴史的建造物に指定されています。

※ただ、2018年2月までは、保存修繕工事のため内部の見学はできませんでした。

コルビュジエは、自ら設計したこのアパートのいちばん上、2層分(8階と9階)を購入し、アトリエ兼住居として生涯をここで過ごしました。コルビュジエは、午前中を絵を描く時間に費やし、午後を設計の仕事に当てていたそうです。(ちなみにコルビュジエは画家として、また家具デザイナーとしての顔も持ち合わせていました。)

また、コルビュジエには弟子はいたものの、子どもはいなかったようですね。なので、ここでは妻のイヴォンヌと2人暮らしだったみたい。そんなイヴォンヌは建築にはまったく興味がなかったらしく、コルビュジエは、家ではいつも、子どものように叱られていたのだとか。

こんな話を聞くとどこの家庭も変わらないんだなあと、なんだかほんわかするものですね。でも、ここでどんな暮らしをしていたのか、どんなふうに働いていたのかも、気になるところです。

機会があれば、内部もまた見てみたいものですが、今回はここらへんで。

(#03はおわりです)

#04につづきます