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2017年08月01日 (火)

特集|🇫🇷 パリを訪ねて 2017

トラベル

#04パリの帽子店から世界のブランドへ〜シャネルの生き方を想う

特集|🇫🇷 パリを訪ねて 2017
まだ気候のよかった5月の終わりにパリを訪ねました。個人的には2度目のパリだったのですが、パリ・カンボン通りのCHANELから感じるものもあり、シャネルの生き方に想いを馳せてみることにしました。

#04|パリの帽子店から世界のブランドへ〜シャネルの生き方を想う

コルビュジエとほぼ同じ時代を生きたひとにシャネル(1883年~1971年)がいます。ココ・シャネル(本名:ガブリエル・シャネル)は、1883年フランス南西部ソミュールの生まれ。幼い頃に母が病死し、また父親にも捨てられ、孤児院や修道院で育ちました。

私の人生は楽しくなかった。だから私は、自分の人生を創造したの。

と、彼女が残した言葉の通り、彼女は自分の人生を、その美貌と、そのセンスと、その野心で 自ら切り開いていきます。

シャネルの功績は、映画や本などいろいろなところで知ることができるので、それはほかに譲るとして…。ただ、彼女の生き方は「いまを生きる女性たちにも大きく影響を与えたのでは?」「そして、これからを生きるひとにもヒントになるのでは?」と思うところもあり、そんなことを少し。

シャネルが生きた時代、そして今

当時、美しくても家柄に恵まれない女性たちが生きていくには、囲われ女(妾)になるか、高級娼婦になるしかなかったそうです。1900年代初頭の頃、つい100年ほど昔の話です。男性たちに言い寄られ、ときに愛されたとしても、結婚の相手として見られることはなかったのだそう。

自分が身を置く社会的階級のなかから、結婚相手を選んでいた時代です。女性たちにとって「結婚」以外に生きる道はなかったのだとか。結婚や夫の地位によって、女性が社会的地位を得ていた、そんな時代。「女性は仕事なんてするもんじゃない。女性は男性が養うもの。」と考えられていた、そんな時代。

そんな時代に、

女性として起業し、成功をおさめてみせ、そして経済面で男性に依存することなく生きていける、ということを証明したのがシャネルなのです。

また、生涯独身だったものの、恋多き女性として大富豪から芸術家まで、幅広い職業の男性と付き合ったシャネル。男性たちからは援助や教養、センスなど多くのものを得てきたけれど、相手には媚びない、嫉妬もしない、まさに恋愛においても依存しない生き方を貫きました。

そんなシャネルが 1910年(27歳の年)、帽子店「シャネル・モード」を開店させたのが、ここパリのカンボン通り。ここが、CHANELの始まりの場所でした。

カンボン通り

その後、1921年に場所を移し、31番地に落ち着きますが、現在もCHANEL本店として、そのお店はカンボン通りにあります。

CHANELのブランドポリシーは、「古い価値観にとらわれない自由で自立した女性像」。まさに、シャネルの生き方そのものに違いありませんね。なにか目に見えないパワーがいまでも溢れ出しているような、そんな気がするところでした。

CHANEL本店

こんな話を、知人から聞きました。

日本で、フランス人の男性と結婚した日本人の女性が『結婚したら、働かないで家庭に入ろうと思うの。』と話すと、

そのフランス人夫は『え?なんで?働かないの?働かないで何するの?』と、とても驚いたといいます。

フランスでは、結婚しても女性は働くことも多いようで、それは経済的な理由のほかに「働かない=自分のアイデンティティがない」と捉えるということもあるみたい。

日本では「家事・子育ては奥さんが・・・仕事は旦那さんが・・・」という家庭がまだまだ一般的なのかもしれないけれど、フランスではもう当たり前のことではないみたい。ほんの100年ほど前までは、違っていたのにね。

特に、準結婚のようなPACCS婚が受け入れられているフランスでは、男女がくっつくのも離れるのも割と自由。戸籍制度もありません。女性が結婚後、生き生きと働いていくことも普通のことだし、それは自分のアイデンティティのひとつ、という感覚が強いように思います。

学校のクラスのなかに、結婚していない男女の子どもがいても、離婚した夫婦の子どもがいても、そもそも移民も多いフランスですし、特段、奇異の目で見られることもないのだとか。

さまざまなバックグラウンドを持ち、さまざまな環境で育ち、さまざまな価値観を持った人たちが共存するフランスの社会だからこそ、

古い価値観にとらわれず、自分の人生を幸せに生きていくため、自らそれらを創造していくんだ」ということに積極的な印象を受けます。

もちろん、古い価値観がダメということではないのだけれど、ただ、いろいろな生き方が選択できる、そしてそれが既に受け入れられているという意味では、フランスは、日本よりずいぶん先進的だなと思いました。

でも、そんな生き方が選択できるのも、特に女性の生き方に大きな変化があったのも、そもそもはシャネルの功績が大きいのでは?と想いを馳せるのです。

私は好きなことしかしない。私は自分の人生を、自分の好きなことだけで切り開いてきたの。

と、語ったシャネル。彼女の言葉には、いまを生きるひとにも強く響くものがありますね。

#05につづきます