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2015年11月10日 (火)

連載|LAからの不定期便

カルチャー

#006Eames HOUSE in L.A.

連載|LAからの不定期便
こんにちは、むらたです。L.A.からの不定期便は、しばらく、むらたがジャック中。今回はイームズハウスをご紹介します。60~70年代にかけて多くの家具をデザインし、モダンデザインのパイオニアとして活躍したチャールズ&レイ・イームズ。彼らの自邸がLAにありました。

森のような場所のなかに

住宅地の中・・・。看板も何もないので分かりにくかったですが、小道を歩いていくと、その先にその家はありました。

イームズハウス。

そう、あのチャールズ&レイ・イームズの邸宅である。

サンタモニカの中心地からは北西へ少し。高級住宅地パシフィックパリセーズ地区の丘の上にあり、木立が生い茂る森のような場所の中に その住宅は佇んでいました。


建物のまわりにはユーカリの木がたくさん。

自宅兼アトリエとして1949年に建設されたイームズハウス。以来、夫妻は、ここで生涯を暮らしたみたいね。亡くなったのがチャールズ1978年、レイ1988年、というから30年くらい前まではここに住んでいたということか。

ちなみにレイは、チャールズが亡くなってから、ちょうど10年目の同じ日に亡くなったんだって。なんとも奇跡的・・・仲が良かったんでしょうね。

入り口側から見たアトリエスペース。

ちなみにこの建物の設計、そもそもは雑誌社の「ケース・スタディ・ハウス」という連載企画から始まったものらしいです。

有名建築家を集め、資材スポンサーを募り。戦後のライフスタイルに適した新たな住宅モデルを、低コストで建築しようという試みだったのだとか。

全部で36のアイデア企画が出され、26棟が実現したよう。その「ケース・スタディ・ハウス#08」が、このイームズハウスというわけ。

テーマは、イームズ夫妻のライフスタイル同様 DINKSのための家。その家に暮らす夫婦が「仕事」と「生活」その両方を有効活用できる造りにすること、だったらしいです。

ちなみにチャールズには離婚歴があり、前の奥さんとの間には娘がいたけど、レイとの間には子どもはいなかったみたいね。1958年にヴェニスにオフィスを移すまでは、仕事も生活もこの場所が中心だったようです。

住居スペースのリビング側。海に向かって全面がガラスになっている。

建物は、崖地のような広大な敷地の中でユーカリの木々に囲まれて立っているのだけれど、その存在感がなかなか。

鉄骨とガラスで構成されたキューブ状の2つのハコ(一つは住居、一つはアトリエ)が、中庭でつながれたような配置となっていました。中庭は住居とアトリエを分断していて、息抜き的な空間に。


住居とアトリエをつなぐ中庭。反対側からパシャリ。

ちなみに、住居が約140m2、アトリエが約93m2

2人暮らし、2人で仕事するには十分なサイズですよね。とはいってもアメリカの住宅のなかでは普通くらいなのか。

シンプルでありながらも外観に配された赤、白、青のカラフルなパネルがなんともバランスよく、周りのグリーンとも相まって、とても美しい建物でした。

きれいな発色をした赤色のパネル・・・少しオレンジ寄りかな。


黒の鉄骨フレームの間に、ガラスと青、白、赤のパネルが納まっている

リビングの壁一面は、海に向かって大きなガラス張りとなっていて、サンタモニカの海を一望できます。内部の写真はNGでしたが、現在でもセンスがいいなあと感じさせてくれる素敵な内装となっていました。

内装を眺めていると、、、あんまり華美なものは好きじゃなかったみたいね。

建物も「資材は全て、一般的な市民でも建てられるよう、市販のカタログで買える既製品」で考えられた、というくらいだからシンプルで、ローコストで、佇まいが美しいものが好きだったんじゃないかな・・?

日本のわびさびの心も好んだみたいで、障子があったのが印象的でした。イサム・ノグチとも交流があったらしく、リビングには和紙でできた照明なんてのも。

それにしても、家の中もいいんだけれど、外の空間もまた気持ちがいいんですね。

中庭でコーヒー片手に鳥のさえずりを聞くもよし、ブランコに揺られながら自然を感じるもよし、サンタモニカの海をぼーっと眺めるのもよし。もしかしたら、建物のなかで過ごすより外で過ごす時間の方が長かったかもしれませんね。

そんなふとした瞬間に アイデアなんかが湧いてきたのだろうなあ、とか考え始めると、もしかしたらここで、名作たちの着想が生まれたのかも?!とひとり感慨深く思うのでありました。